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読書中が一番幸せかもしれない。

いやぁ、どこが「リリカル」か。
恐ろしい短編集だった。いや、確かに叙情的ではあった。
だが同時に、「虚無」を味わった。

随分間を空けて再読した、筒井康隆著「佇むひと」読了。
筒井康隆の短編は、ジャンル分けされて角川文庫からいっぱい出てます。
その中の、リリカル(叙情的?)な短編を集めた本。
哀愁や切なさを感じられる話ばかりなのだが、筒井康隆が単なるおセンチ小説を書くわけがないのだ。
長くなるので、一番面白かった(というか怖かった)話を紹介する。

「母子像」
歴史学者の主人公がある時買った、シンバルを叩くやかましいサルのおもちゃ。
そのサルで遊んでいた自分の赤ん坊が、ある日突然妻と共に消えてしまった。
あちこち探す主人公。
そして、自分の書斎でサルを見つける。
赤ん坊と妻は、そのサルによって異空間へ閉じ込められてしまったのだ。
自分も異空間へ接触しようと、サルを片時も手放さずに持ち歩く主人公。
ついに、サルを握る右手が異空間へと消え始めた。
消えた先で、手探りで妻と赤ん坊を探す。
妻の足を掴んだので、引っ張り出そうとするが、右手はサルを握っているので使えない。
左手も無理矢理突っ込んで引っ張るが、片手では十分な力が出ない。
ついに右手のサルを離して、両手で引っ張り出す。
妻と赤ん坊はこの世界へ戻ってきた。
その瞬間、主人公は狂ったように絶叫した。
サルを手放した刹那、異空間は閉じてしまったのだ。
首だけが異空間に繋がったまま生きる妻と子供は、ひっそりと居間に座り続けている。

みたいな。
俺が書くとつまんなそうな話に見えるが、ラストの首無しの情景が実に切なく、主人公の恐ろしい心情を描き出しているので、読んでる方はどっぷり感情移入して同じ恐怖を共有してしまう。

俺は基本的に、短編はあんまり好きな方ではない。
終わりが悲しいからだ。話が面白くても、切なくても。
面白い短編であればあるほど、「もっと長くこの世界にいたい」と思ってしまう。
だが、この「母子像」は逆の意味で、終わる事が悲しかった。
「終わり方」が悲しいんじゃない。「話がここで終わる事自体」が悲しい。
絶妙過ぎるタイミングである。
読者の恐怖や切なさがピークになった途端、羽も無い列車を放り出すように、線路はぶつりと途切れる。
とてつもなく残酷であり、残忍であり、また芸術的である。
久しぶりに見事な「終わり」を見た。
これだけ読後感が嫌な短編はあんまり無い。
やっぱ筒井康隆は天才だな、と思った。

あと、ヒーローが二十年ぶりに故郷に帰ってくる話も大変良かった。
今回の短編集の中で、切なさではトップだろう。
俺も最近、何故だかヒーロー物のプロットばっかり浮かぶので、とても良い参考になった。
やはり、ヒーローに哀愁は必要なのだ!
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trackback(0) | comment(0) | 2007/04/06 Fri
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