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小昭かわいいよ小昭

金庸著「倚天屠龍記」読破。
前作、前々作と、シリーズ物であるが故に
ラストは含みを持たせた終わり方だったが、
最終シリーズの今作も何故かすっきりしない終わり方。
ほとんどの謎も伏線も回収されたんだが、
主人公が教主になって隆盛極まった明教は、
内部のちょっとした裏切りであっさり瓦解したり、
エピローグでも、結局主人公の功績が報われない結末だったし、
不完全燃焼と言わざるを得ない。
主人公の恋愛の決着も、
なんだか完全決着な感じじゃないし、
モヤモヤしたものが残ってしまった。
面白かったのは確かなんだが、
前作、前々作に比べると見劣りはする。

主人公の性格も歯切れが悪い。
優柔不断すぎる。
常に他人に流され、自分でもそれを自覚しているが、
いざ決断を迫られると誰かを頼ったりしてしまう。
正義感と武術は凄まじいんだが、
兵法も無ければ政治も出来ない。
拳と人格だけで教主にまで登ってしまった。

女性に関してもだらしない。
中盤以降、4人程の女性と懇意になるが、
そのうち3人と結婚の約束までしてしまう。
裏切られては憎み、憎んでは許しの繰り返し。
「はっきりせぇや!」とこっちがやきもきしてしまう。

女性4人は大体クセの強い人物なのだが、
その内の1人、「小昭」というペルシャ教の教主だけは、
すこぶる純粋に主人公に尽くした。
教主だとわかるのは後半なのだが、
それまでは主人公の小間使いとしてせっせと働く。
主人公が他の女にふらふらしても、
文句も言わずにひたすらお世話する。
ペルシャ教主と分かり、主人公が
「もうそんな小間使いの仕事はしなくていいんだよ」
と言っても、
「ずっとおそばにいさせてください」
と言うような傅きっぷり。
すっごい可愛い。俺なら絶対小昭を選ぶ。
作者も巻末で、
「小昭と結ばれなかったのが悔やまれる」
と言うほどのお気に入り。
結局ペルシャに帰ってしまうことになったんだが、
一緒に行けばよかったのに……。
射雕シリーズの中でもベスト3に入るいい女の子でした。

読み終えて改めて思うが、
100年にも及ぶ壮大なストーリーが、
ついに終わってしまったのが凄く悲しい。
もうあの英雄好漢が活躍する世界にいられないなんて。
他の金庸小説も買ってあるし、読むつもりだが、
射雕キャラクターが出てこないもんな。さびしい。
ああ、さびしい。
このさびしさを紛らわすために、他の本に取り掛かります。

さ、読むぞ!
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trackback(0) | comment(0) | 2008/08/18 Mon

何度も言うけど信じられん面白さ。

そういうわけで、金庸著「倚天屠龍記」を読んでます。
ってかもう全五巻中の四巻まで読んだので、もうすぐ終わり。
悲しい。
もうこの世界とお別れなんて……。
まぁまだ他にも別シリーズいっぱいあるんで、
いいんだけどさ。

相変わらずだが、主人公モテまくり。
前作主人公の、ちょいワルお調子者楊過と違い、
根が素直なイケメンである。
さらには初恋の女に裏切られたり、
両親が自刎したり毒で命の危機にさらされたりと、
若いくせに辛酸舐め尽くしているため、
達観した人生観を持ちながらも若いエネルギーがほとばしる。
義侠心も特に溢れており、まっこと男らしい男だ。
その上、九陽真経という裏技みたいな内功術を偶然会得したばっかりに、
出会う武術を片っ端から習得する主人公。
達人が十数年苦心しても辿り着けない境地に、
二時間程度であっさり到達した挙句、
太極拳の創始者と伝説される張三豊から
「太極拳」「太極剣」の二武術を付け焼刃で教わるも、
三回見ただけで覚えてしまうというチートっぷり。
射雕三部作の主人公の中でも、最も才能ある主人公だろう。
そりゃ悉く女も惚れるわ。

ついには、明教と呼ばれる、巨大な宗派の教主に
これまた成り行きでなってしまう。
素直で礼節もわきまえており、機転もそこそこ利くため、
年かさの部下も絶対服従するほどの名教主っぷり。
なんなんだこいつ。欠点が見当たらない。
ただ、こんだけスーパーマンなのに、
超人然とした傲慢さが見受けられない。
純粋さゆえに窮地にも度々陥るし、
泣きも迷いもする。間違いさえ起こす。
武力や能力だけではどうにもならないことがある。
正義や信念では正せない歪みもある。
濁りて清く、邪を以て正を成す事もある。
そういった、人や国、思想、信念の複雑な形を感じる。
単純に勧善懲悪な武侠物になっていないのが、
金庸小説の魅力なのではないかと思う。

あとはまぁやはりラブストーリーがメイン。
さまざまな女性が主人公に想いを寄せるが、
最終的に誰が選ばれるのかはわからない。
前二作では、序盤からもう伴侶の如き女性が登場し、
その女性との愛をどう貫いていくのかが見ものだったが、
今作に限ってはまだそういう関係にある女性がいない。
なので、主人公が一体誰を愛する事になるのか、
ワクワクして仕様が無い。
今のところどの女性もその可能性があるだけに、
期待は膨らむばかりだ。
まるでギャルゲーだ。自分でプレイしてないギャルゲーだ。
主人公が女性たちの間でふらふらしているのも、
まさにギャルゲーっぽい。
俺はこういうタイプの主人公はあんまり好まないんだが、
この主人公はホントにいい奴なので、幸せになって欲しい。


ある武侠小説のファンサイトで、
「本好きで、一度でも武侠小説を読んだ人は、
 このサイトを見る必要はない。
 なぜなら、確実に、その人はすでに武侠小説にハマっているからだ」
みたいな一文を見た。
まさに、と思わざるを得ない。
今まで出会わなかったのが悔しい程に、面白いのだ。
俺の人生観の軸を、軽くずらすくらい影響力のある世界だ。
人の生き方、男の生き方。
愛とは。信とは。礼とは。
作者の思想と、古代中国の儒教思想には、
現代に通ずる処世術が見える。

「過ちは之れを改むるに勝る善無し」
射雕シリーズの中で度々出てくる文句であり、
二作目主人公の楊過の字(あざな)「改之」でもある。
三部作の中から何かひとつ、教訓を見出せと言われたら、
とりあえずこれを挙げる。
当然の事ではあるのだが、忘れがちな事だと思う。
若い人は武侠に触れるべき。
そして何かを感じるべき。
trackback(0) | comment(0) | 2008/08/13 Wed

神剣侠

中国武侠小説の大家、金庸作品「神剣侠」をやっと読破。

とんでもない面白さ。金庸やばい。
シリーズ物でこんなに読み続けてるのは、三国志くらいしかない。

まず、まったく中だるみしない。
省略するところはあっさり省略するのが良い。
読み手の読書体力を理解していると思う。

そして登場人物。
正邪併せ持つ、汚らしい人間臭さと、輝くような人間臭さ。
主人公や悪役が、ただのヒーロー・ヒールになっていない。
邪悪の中にも信念があり、正義の中にも瑕がある。
憎めない悪役が多かった。
もちろん、救いようの無いカス野郎もいたけど。

当然だが、ストーリーも素晴らしかった。
基本的に、物語は主人公二人の恋愛を軸に進む。
だが、これが可哀想なほど障害だらけ。
腕を切り落とされたり毒に死に瀕したり。
で、そういう難関があって、
「二人は結ばれるのだろうか」
というハラハラ感が、恋愛物の定石なのだろうが、
神剣侠はちょっと違う。
これは、神剣侠で俺が最も好きな要素なのだが、
「絶対に二人の愛が変わらないという確信」があった。
もっとハラハラしたい人もいるんだろうけど、
俺はこういうのが好きだ。
単なる恋愛小説とは違い、
主人公二人の、壮大なほどの磐石の想いを感じる。
喧嘩したり、いがみ合ったりなんてしなくていい。
多分、俺が主人公二人を好きになったからなんだなぁ、と思う。
楊過と小龍女が、故あって16年の離別のあと、
ついに再開出来る、という終盤のシーンでは、
年甲斐なくドキドキしてしまい、
再開後の小龍女の第一声の場面では、
もはや泣きそうになってしまった。
「よかったなぁ!二人とも!」みたいな。

そんなわけで、超絶面白い神剣侠でした。
さらに、この続刊も出ています。
金庸小説は古本屋で滅多に売ってないので、
新品で買うしかないんだが、それもよし。
800円でこの感動が買えるなら、はした金ですらない。
読んでよかった。この一言に尽きる。



しかし、金庸小説で、これから読むつもりの本が、
最低でも12冊くらいはあるので、合計1万円くらいかかるか……。
うん、気にしない、気にしないぞ……!
trackback(0) | comment(0) | 2008/08/05 Tue
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