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頭いてぇ~

ひえぇ、今日休みだったのに、何かダルくて結局実家でゴロゴロしてしまった……。
もったいないなぁ。外出しないと刺激が……。

ところで、最近の野菜(特に葉物)の相場高騰をご存知でしょうか。
天気が崩れたあとなんかは良くある事なんだけど、今回は異常。
ほうれん草や白菜なんて、ちょっと前の2倍くらいに跳ね上がってる。
レタスもやばい。ケースが4000円。
Lサイズ1玉で210円だ。符牒で言うとリャンピンだ。
売価つけるなら280円くらい。税込み294円。リャンキワダリ。
誰が買うんだよそんなの……(´Д`;)

まぁ、高騰している時はどこも売価高くなるし、ハナマサはそもそも一般スーパーとはジャンルが違うからいいんだけど。
それでもテンション下がるよなぁ……。
明日は春分の日だけど、花見客来てくれるかなぁ……。
絲山秋子著「海の仙人」読了。
何かで「感動する本」みたいな感じで紹介されていて、以前本屋で何となく探して何となく読み始めた。

大当たりだった。

「感動」というものを「心を動かされる」と定義するならば、俺はこの本を読んで「感動」した。
とにかく、何気ない情景を描くのが上手い。
少し、吉本ばななに通ずるものがある。
吉本ばななの文章表現というのは、「わかりにくいけど響く」というもの(だと俺は思っている)。
対して絲山秋子は「わかりにくいけど沁みる」って感じ。
心に入った時点での美しさでは吉本ばななに軍配が上がるが、インプットの段階では絲山秋子の絹布の隙間を縫うようなセンスが気持ち良い。

文章表現のみならず、登場人物やストーリーも味わい深い。
そう、正しく「味わい深い」のだ。
特に、敦賀の漁村で仙人のように暮らす主人公の河野と、河野に片思いしつつも友達という関係を通し続ける豪快女片桐が素晴らしい。
河野の男としての弱さも魅力的だが、俺は片桐が好きだ。
仕事は卒なくこなし、休暇には日本全国を車で走り回る快活な女性だが、河野の前で見せる「友達であろうとする意地」みたいな女性のサガが、非常にいとおしいのである。
河野以外は特に変人でもないんだが、変人ばかり出てくる吉本ばなな小説に俺が対比してしまったのも、こういう入り組んだ「性」のデリケートな表現によるものだと思う。

また、この小説で特徴的なのが、「ファンタジー」という神様の存在。
最後まで結局正体は明かされなかったが、この「ファンタジー」が物語の節目節目に、いわゆる長老的な存在として描かれている。
神様とはいえ出来損ないらしく、決して上から戒めるような発言はない。
故に、人間である登場人物達と同じ目線よりちょっと高いくらいの位置から、完全に第三者としてのスタンスで言葉を紡ぐ。
その結果、登場人物達は自発的に意識を変えていく。啓蒙や扇動ではないのだ。
まるで、彼らから言葉や感情を引き出すタンスの「取っ手」のようだった。
「取っ手」は、収納されているモノとは無関係なのだ。

ネットを見ると、この著者は三十代後半の読者に人気があるようだ。
読んでいて、それが良くわかる。
俺があと10年も歳を重ねれば、そして誰か大切な人を亡くしたならば、この小説は全く別の輝きを見せるだろう。
それが歯痒い。10年後の俺の脳になれない今の俺の脳が歯痒い。
ただ歳を取ればいいってもんじゃないが、早いとこおっさんになって、世の様々な価値をもう一度値踏みしたいものである。

絲山秋子はこれからも読もうっと。
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trackback(0) | comment(0) | 2007/03/21 Wed
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