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何度も言うけど信じられん面白さ。

そういうわけで、金庸著「倚天屠龍記」を読んでます。
ってかもう全五巻中の四巻まで読んだので、もうすぐ終わり。
悲しい。
もうこの世界とお別れなんて……。
まぁまだ他にも別シリーズいっぱいあるんで、
いいんだけどさ。

相変わらずだが、主人公モテまくり。
前作主人公の、ちょいワルお調子者楊過と違い、
根が素直なイケメンである。
さらには初恋の女に裏切られたり、
両親が自刎したり毒で命の危機にさらされたりと、
若いくせに辛酸舐め尽くしているため、
達観した人生観を持ちながらも若いエネルギーがほとばしる。
義侠心も特に溢れており、まっこと男らしい男だ。
その上、九陽真経という裏技みたいな内功術を偶然会得したばっかりに、
出会う武術を片っ端から習得する主人公。
達人が十数年苦心しても辿り着けない境地に、
二時間程度であっさり到達した挙句、
太極拳の創始者と伝説される張三豊から
「太極拳」「太極剣」の二武術を付け焼刃で教わるも、
三回見ただけで覚えてしまうというチートっぷり。
射雕三部作の主人公の中でも、最も才能ある主人公だろう。
そりゃ悉く女も惚れるわ。

ついには、明教と呼ばれる、巨大な宗派の教主に
これまた成り行きでなってしまう。
素直で礼節もわきまえており、機転もそこそこ利くため、
年かさの部下も絶対服従するほどの名教主っぷり。
なんなんだこいつ。欠点が見当たらない。
ただ、こんだけスーパーマンなのに、
超人然とした傲慢さが見受けられない。
純粋さゆえに窮地にも度々陥るし、
泣きも迷いもする。間違いさえ起こす。
武力や能力だけではどうにもならないことがある。
正義や信念では正せない歪みもある。
濁りて清く、邪を以て正を成す事もある。
そういった、人や国、思想、信念の複雑な形を感じる。
単純に勧善懲悪な武侠物になっていないのが、
金庸小説の魅力なのではないかと思う。

あとはまぁやはりラブストーリーがメイン。
さまざまな女性が主人公に想いを寄せるが、
最終的に誰が選ばれるのかはわからない。
前二作では、序盤からもう伴侶の如き女性が登場し、
その女性との愛をどう貫いていくのかが見ものだったが、
今作に限ってはまだそういう関係にある女性がいない。
なので、主人公が一体誰を愛する事になるのか、
ワクワクして仕様が無い。
今のところどの女性もその可能性があるだけに、
期待は膨らむばかりだ。
まるでギャルゲーだ。自分でプレイしてないギャルゲーだ。
主人公が女性たちの間でふらふらしているのも、
まさにギャルゲーっぽい。
俺はこういうタイプの主人公はあんまり好まないんだが、
この主人公はホントにいい奴なので、幸せになって欲しい。


ある武侠小説のファンサイトで、
「本好きで、一度でも武侠小説を読んだ人は、
 このサイトを見る必要はない。
 なぜなら、確実に、その人はすでに武侠小説にハマっているからだ」
みたいな一文を見た。
まさに、と思わざるを得ない。
今まで出会わなかったのが悔しい程に、面白いのだ。
俺の人生観の軸を、軽くずらすくらい影響力のある世界だ。
人の生き方、男の生き方。
愛とは。信とは。礼とは。
作者の思想と、古代中国の儒教思想には、
現代に通ずる処世術が見える。

「過ちは之れを改むるに勝る善無し」
射雕シリーズの中で度々出てくる文句であり、
二作目主人公の楊過の字(あざな)「改之」でもある。
三部作の中から何かひとつ、教訓を見出せと言われたら、
とりあえずこれを挙げる。
当然の事ではあるのだが、忘れがちな事だと思う。
若い人は武侠に触れるべき。
そして何かを感じるべき。
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trackback(0) | comment(0) | 2008/08/13 Wed
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